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塾長より

塾長 わたる先生
● 北関東の国立大学工学部卒業
● ロボットや自動機器の設計、開発
エンジニアとして7年間働く


このページではわたる先生がエンジニアから教育業界へ来た話や、プログラミング塾を始めた経緯を話してくれるよ♪

私は社会人時代に多くの失敗や苦労を経験し、そこから大切な気づきや学びを得ました。そこで得たものを子どもたちに伝えていきたい!と思うようになったことが、教育業界へ進むきっかけとなります。
これから会社員時代の話を中心に私が経験した苦労や、得た学びを話していきます。
高校までは部活と勉強の両立に励み、大学は第一志望であった国立大学に進学します。その後大学もストレートで卒業し、志望していた会社のエンジニアとして社会に出ました。

一見、順風満帆な学生時代に見えますが、当時の私は物事を深く考えることが本当に苦手で、場 当たり的な行動も多くあり、将来については不安でいっぱいでした。また周りの目を強く意識してしまう性格で、苦手なことや恥をかきそうなことから全力で逃げる傾向にもありました。

学生時代
エンジニアから教育業界へ

「これからは仕事だ!」とやる気満々で会社に入った私ですが、想像を遥かに超える仕事量と、毎晩遅くまで続く残業にたちまち窮地に追い込まれました。このように入社直後に社会の洗礼を浴びた私ですが、最も苦しめられたのが人間関係です。
直属の上司は激しい性格をしており、毎日のように暴言を吐きかけられ、時には人格否定までも受けました。しかし私は先輩や上司に対し恐れがありコミュニケーションを上手くとることができず、終始いい顔を見せ『Yesマン』を演じることしかできませんでした。それでも3年はがんばろうとずっと耐えていたのですが、気づけば常に円形脱毛症が発生するほどの酷い精神状態に追い詰められ、またプライベートも仕事で疲れきった心と体を休めるだけの時間がほとんどとなり、荒んだ生活になっていました。(当時は100時間程の残業がありました)。
この様な状態を何年も続けていると、自己肯定感は極端に低くなり、次第に自分の存在価値すら見いだせず、人生に絶望すら感じるようになっていきました。
いや~お先真っ暗とはこのことですね💦
社会に出たらその場しのぎのやり方が通用しなくなり、学生時代に物事を深く考えてこなかったことや、苦手なことから逃げていたツケがすべて回ってきた感じです。

会社員時代

そんな私は自分にとどめを刺すかのごとく、ある日仕事で大きなミスをおかしてしまいます。当時の私は「社会に出てから上手くいかないことばかりだし、、自分は本当に無能なやつなんだ、、」と自分自身に心から絶望をしました。しかし、これが自分を見つめなおすきっかけとなり「このままではやばい、現状を変えないといつか壊れてしまう」という強い思いが生まれたのでした。
仕事でミスをしただけでと思うかもしれませんが、昔からの周りの目を気にしてしまう性格に加え、当時は仕事で承認を得ることが自分を保つ唯一のすべとなっていたため、私にとってはもう人生終了!くらいの絶望感がありました。しかし絶望に身をゆだね落ちきると「そうか、もうこれ以上は落ちることはないんだな」と肩の力が抜け、現状に目を向けられたのだと思います。

とどめの一撃

「変わらないとやばい」と気づけた私は、人生初の”自己改革”に取り掛かります。まずは自分自身との対話から始め、好き嫌い、得意苦手など自己分析を徹底的に行いました。その後、本やネットから情報をかき集め、自分に足りていなかった『考える力』や『自己管理スキル』といった【社会で必要となる力】と『承認欲との向き合い方』や『道徳的な考え方』といった【人の土台となる考え方】を学んでいきました。
そして身に付けたスキルや考え方のもと、山積している問題や課題に取り掛かりました。仕事では、ゴールから考える逆算思考を身に付けたことで生産性を劇的に向上することができ、人間関係も承認欲を上手くコントロールして徐々に改善させることができました。またプライベートも、自己管理ができるようになったり、周囲に対しては道徳的考えを心掛けることで、心から思いやりを持った行動もとれるようになりました。
当時、職場の先輩や家族から「最近変わってきたね」と言われるようになり、周囲の自分に対する印象も変わっていったのを覚えています。

自己改革
この様に自分を変えたことでいくつもの良い変化を起こした私は、いつのまにか人生観までもが大きく変わっていきました。
今までは、【人生はなるようにしかならず、何か物事(良いことも悪いことも)が起きたらその時に反応する】という完全に受け身で反応的な考え方を持っていたのですが 、【人生は自分で切り開いていけるもので、自分の考え方や行動により幸せを手繰り寄せることも、不幸せを遠ざけることもできる】という能動的な考え方を持つようになりました。最終的に自分に自信を持てるようになった私は、将来に対する不安は希望にかわり、自己肯定感の低さも改善され、心の安定すらも手にすることができました。
この一連の変化は言葉では表すことができないほど私にとっては大きな出来事で、ずっと感じていた生きずらさが180度好転し、本当の意味で『自分の人生を自分の足で歩める』ようになりました。

大きな変化

教育への気づき

この経験を経て視野を広げてみると、過去の自分と同じように未熟さゆえ、社会で生きずらさを感じていたり、潰されてしまう人がたくさんいることに気がつきました。実際に私の周りでも仕事で病み、復帰できずに去っていった同僚を何人も見てきましたし、私自身いつ壊れてもおかしくはありませんでした。なぜこんなことが起きてしまうのか、人生を振り返り考えたところ、学校では【生きる上で必要となる力や、考え方※】は2の次で、良い進学先や就職先に進むための、テストや試験を解くという力だけが伸びていきます。(※以降【実践的な力】と略します)それにより学生時代にどれだけ真面目に努力していた子供でも、【実践的な力】を育めなかった子は、社会で簡単に潰されてしまうことが分かりました。
「こんな大切な【実践的な力】は学生の内に教えておいてくれよ、、」というのが正直な感想としてあり、良い会社に送り出すまでが学校の役割!そこから先は自分で頑張れ!といった今の教育システムには心から憤慨しています。


そこから私は、自身の経験を教育に活かすことを考えました。
実際、私が変わるために行ったことは自己分析を行い、必要なスキルや力、考え方といった基本的なことを学んだに過ぎず、これは決して特別なことではなく教育によって育むことができます。そこで昔の自分と同じようにつらい思いをする子を減らし、更には自分の足で人生を切り開いて行ける子を増やしたいと思い、7年務めた会社を辞め教育の道に進むことを決めたのでした。
早い段階でこの【実践的な力】を身に付けることができれば、それだけ早く自分の人生を歩むことができ、子どもたちにとってあらゆる面で大きな力になると確信しています。

教育の道へ
【実践的な力】を伝えるために


様々な経験を経て教育の道に進んだんだねぇ
次はプログラミング教育を始めることになった話しをしてくれるよ~♪
【実践的な力】を教えよう!と教育の道に進んだのですが、その必要性を分かっている子は多くありません。そのため「この先生の言うことは信頼できる」といったような信頼関係を築かなくては、子どもにしっかりと身に付けさせるのは難しいと考えました。そこで学習塾という形で子どもと真摯に向かい合い勉強を教える所から始めることにしました。
ここで誤解がないように、信頼関係のためだけに勉強を教えるのではなく、もちろん勉強もとても大切だからです。そして勉強と【実践的な力】の親和性はとても高く、工夫することで、テスト対策の一環に逆算思考やスケジュール管理といった【実践的な力】を身に付けることができます。このように、勉強を通して【実践的な力】も同時に教えていくという考えです。

まずは信頼関係から


その後学習塾を準備している中で学校におけるプログラミング必修化が始まったため、私は様々な講習会や勉強会に参加しました。そこでプログラミング教育がこれからの子どもにとって絶対に欠かせないものであると知り、5教科に加えプログラミングを教えることを決めました。
このプログラミング教育に関しては、『論理的思考』や『課題解決能力』が重要視されており、これは私が教えたい【実践的な力】そのものであるため、時代的にもこの力の必要性が増しているのだと感じています。 この先プログラミング塾が軌道に乗った後、学習塾を再始動させ『勉強』、『プログラミング』そして最も伝えたい【実践的な力】を子どもたちに教えていきます。

プログラミング教育を知る


ここからはより詳しいプログラミング塾を立ち上げた話をしてくれるよ~♪

私は上で話している通り、プログラミングの必修化を受け様々な講習会や勉強会に参加し プログラミング教育の現状や必要性を学びました。ここからは私が学んだ内容をみなさんと共有いたします。当時の私同様、プログラミングについてあまり知らない方は、是非知るきっかけにしていただければと思います。
プログラミング教育の必要性
情報化社会の到来
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現在の仕事の半分がAIによって置き換えられる可能性が現実味をおびてきている。


AIがすべての仕事に関わることで、新しい世界が作り変えられていく。
それを受け子どもたちは、AIの波に飲み込まれるか、AIを使いこなして共存するかの選択を迫られる。

教育の側面
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2022年には高校において『情報1』が必修となり、2023年には『情報2』が選択科目に追加される。それを受けて大学入試も2024年に『情報科目』が追加される。社会でも必要とされるプログラミングは、今の子どもたちにとって学校でも求められる。


この内容は塾に来てもらいだけで発信しているのではなく、間違いなく子どもが直面する課題となりますので、ぜひ親御様にはプログラミ ングに対する興味関心を高めていって欲しいと思っています。また本やネットからでも学ぶことができるので、小さなことから始めていただければ嬉しく思います。
日本の現状
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グローバル社会の到来により世界基準の力が求められるが、日本はプログラミング教育において10年~20年の遅れをとっている。

プログラミング塾を開設するにあたり知見がなかった私は当初、大手プログラミング塾のフランチャイズ加盟を検討していました。そこで実際にフランチャイズ加盟している方に話を聞かせてもらうと、本部のサポートや、知名度があり集客しやすいことなど多くのメリットを教えてもらいました。しかし、私にはどうしても腑に落ちないことが2点ありました
皆さんはこの内容をどのように感じられてたでしょうか?
多くの仕事がAIに取って代わること、日本が後れを取っていること、大学入試で新たな科目が追加されることなどなど、決して喜ばしいことばかりではないですよね(私も最初は耳が痛くなりました)
しかしこの変化についてけずにいると、困るのはこれからを生きる子ども達です。
私たち大人は今、このことから目を背けるのではなく、有益な情報と捉え、子どもの力を育んでいくことが求められているのだと思います。


最後に、プログラミング塾をフランチャイズではなく、1からオリジナルで始めた話をしてくれるよ~
2つの違和感
教える側の姿勢
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話を聞いた方は学習塾をメインに運営されており、プログラミング塾に関しては「教材を渡すだけで子どもが勝手に進めていくので、こちら側は見ているだけでよく、プログラミングの知識は全然必要ないよ」と話されていました。しかし教える側に知識や関心がないと良い教育ができるはずないので、その姿勢でやられていることに違和感を感じました。

カリキュラムについて
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教材はレゴのようなブロックでロボットを作り、プログラミングで動かすという内容でした。これ自体はとても良いと思ったのですが、授業内容がひたすらこれの繰り返しだったので「これだけでいいのかな?」という疑問が生まれました。工学的な部分の成長は確かにあると感じましたが、幅広いプログラミングの力をカバーできるのか不安を感じました。

プロのエンジニアに相談
そこで、幼馴染であり現役のプログラムエンジニアのゆうと先生に感じた違和感を相談したところ、プロの目線で様々な意見を頂くことができました。そして感じていた疑念は確信に変わり、フランチャイズ加盟はいったん白紙としました。そのままプログラミング教育に対する思いを話していると、私の強い思いに共感していただき、またゆうと先生自身プログラミング教育にとても関心があったこともあり、監修という形でたずさわってもらえることになりました。ゆうと先生には現役プログラマという立場から、実社会やこれからの時代に必要となる力を軸にカリキュラムを組み立ててもらい、私は子どもに教えられるようにプログラミングを学んでいきました(現在進行形です)。この様にして現在の青学塾プログラミング教室はでき上りました。
正直フランチャイズの集客部分にはとても魅了を感じていましたし、自分で1からできるか不安もありました。しかし「本当に子どもの為になる授業をしたい!」という思いが一番強くあり、オリジナルの道を選択することができました。今振り返ると、困難な道を選んだからこそ自分自身プログラミングの知識を付けることができましたし、心から自信を持てるカリキュラムにすることができたと思います。(カリキュラムはホーム参照)

ゆうと先生へ



いろんなことがあって青学塾ができたんだね~♪
これで塾についてのお話は終わりだよ!
特別枠としてわたる先生のパーソナルな部分をインタビューしていくね~♪

わたる先生は趣味とかあるの~?
好奇心がはじけていて、多くの趣味を持っているよ!
基本的に体を動かすことが好きで、釣りやサッカー、テニスはよくやってるかな!
あと今はギターとか社交ダンスも特訓してるよ~♪


いろんな趣味を持っているんだね~!
わたる先生は仕事を辞めてから、塾を立ち上げるまでに何をしていたの~?
人生経験を増やすため、今までやったことないことに挑戦したり、開業資金を貯めるために様々なアルバイトをしてたよ!

特に印象に残っているのは
『0円スタート』+『ヒッチハイク』+『野宿』で行った日本一周だね~


すごい変なことしてたんだね~♪
公園で野宿したり、路上に立ってご飯代を稼いだりと半端ないくらい大変だったけど、極限下で生き抜く力や、いろんな人に話しかけるメンタルを鍛えることができたよ!

あと、開業資金を貯めるために、北海道で1シーズン漁師生活もしたんだ!

夜中の1時から仕事が始まり、19時までという半端ない仕事量だったけど、すごいいい経験になったんだ!1次産業で働いている人の大変さやすごさを身に染みて分かったよ!


わたる先生は好奇心が旺盛で、変わったことをするのが好きみたいだね~♪
現場からは以上です~!

私は「何を言うか」と同くらい「誰が言うか」をとても大切にしており、それにふさわしい人間になれるよう日々考え行動に移しています。保護者様に対しても、教える側の人間がどういった考えを持っているか知ってもらいたく、ここまで包み隠さず伝えさせていただきました。
教育に対して人一倍強い思いを持ち取り組んでおりますので、青学塾をよろしくお願いいたします。
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